就労継続支援B型事業所は、障害を持つ方が自分のペースで働き、社会とつながる大切な場所です。その中でも、利用者の方々が毎月の生活費として受け取る「工賃」は、事業所選びの重要な要素の一つとなっています。しかし、「どこで働けば高い工賃がもらえるのか?」という疑問に、明確に答えられる人は多くありません。
今回は、「福岡県における工賃(賃金)実績報告額について」(就労継続支援A型事業所及びB型事業所 [Excelファイル/140KB])(2025年2月5日更新)をもとに、就労継続支援B型事業所の令和5年度分工賃データを分析しました。データから見えてきた、工賃の実情と、高い工賃につながる「仕事」の共通点について解説していきます。
データが語る、工賃の大きな格差と真実
まず、福岡県全体の工賃データから見ていきましょう。驚くべきはその大きなばらつきです。
- 平均工賃: 約29,198円
- 中央値: 約26,081円
- 最小値: 約1,000円
- 最大値: 約88,189円


(ご参考までに、当事業所のB型の令和5年度の平均工賃は30,681円で、この月額は福岡県の平均値を上回っており、上位25%以内に位置しています。なお、福岡市だけで見てみると、平均工賃: 約20,309円、中央値: 約19,946円、最小値: 5,198円、最大値: 53,989円となっており、上位約13.95%に位置しています。就労継続支援A型・B型事業所つなぐ)
この数字には、私たちが知るべき大切なヒントが隠されています。
「平均値」と「中央値」の間に約3,000円の差があることは、特に注目すべき点です。これは、工賃が極端に高い一部の事業所が、全体の平均値を引き上げていることを意味します。つまり、多くの事業所が平均値よりも低い工賃であるのが現実なのです。
さらに、最小値と最大値の差は7万円以上にものぼります。これは単なる個体差ではなく、事業所の「ビジネスモデル」と「提供する仕事の種類」が、直接工賃の額を決定づけていることを示唆しています。場所や雰囲気だけでなく、「どんな仕事で、どう収益を上げているか」を見極めることが、より良い事業所選びには不可欠です。
この工賃格差の背景には、主に3つの要因が考えられます。
- 市場との結びつきの強さ: 単純作業や内職的な仕事は、市場での需要が安定していますが、その分単価が低くなりがちです。一方、市場のトレンドを捉え、競争力のある商品やサービスを提供している事業所は、高い収益を上げることができ、それが工賃に還元されます。
- 付加価値の高い仕事の有無: 誰でもできるような軽作業よりも、専門的なスキルや技術を要する仕事は、一般的に高い対価を得られます。事業所がこうした高付加価値の仕事を受注・創出できているかが、工賃を大きく左右します。
- 運営の効率性: 工賃は、事業所の売上から必要経費(人件費、材料費、家賃など)を差し引いた利益を、利用者の方々に分配する形で支払われます。したがって、運営の効率が悪い事業所は、いくら売上があっても工賃に回せる分が少なくなってしまいます。
この分析からわかるのは、「工賃が高い事業所は、単なる福祉施設ではなく、一つのビジネスとして成功している」という事実です。
高工賃を生み出す仕事の3つの共通点
工賃が高い事業所には、はっきりとした共通点がありました。それは、単なる軽作業やルーチンワークではなく、「市場価値のある、高付加価値な仕事」を提供していることです。
1. ブランドを確立した食品製造・販売
ただ食品を製造するだけでなく、特定のブランドや品質にこだわっている事業所が突出しています。例えば、材料や製法にこだわった高級チョコレートや、有機栽培された小麦粉で作る自家製パン、地元の特産品を使ったオリジナルスイーツなどです。
これらの事業所は、単なる作業所ではなく、一つの「工房」や「ブランド」として消費者から認知され、高い価格で商品が売れるため、それが利用者の工賃に反映されています。
- 成功の鍵:
- 製品のストーリー性: なぜこの商品を作るのか、どんなこだわりがあるのかというストーリーが、消費者の心に響きます。
- 品質への徹底したこだわり: 一般的な商品と差別化するために、材料の選定から製造工程まで、一切の妥協をしない姿勢が求められます。
- 積極的な販路開拓: 店舗販売だけでなく、オンラインストアやイベント出店など、多様なチャネルで商品を販売することで収益を最大化します。
2. 特殊な農業と直接販売
一般的な野菜や花の栽培ではなく、有機JAS認証を受けた野菜や、地域ブランドとして確立された特定の果物の栽培に特化している事業所も高工賃の傾向にあります。
こうした事業所は、生産した作物を中間業者を挟まずに消費者やレストランに直接販売することで、高い利益率を確保しています。手間ひまをかけることで、より大きな価値を生み出しているのです。
- 成功の鍵:
- ニッチな市場の開拓: 大量生産の農家とは異なる、独自の価値を持つ農作物に特化することで競争力を高めます。
- 顧客との信頼関係構築: 農園見学や収穫体験イベントなどを通じて、消費者に直接農産物の魅力を伝えることで、リピーターを増やします。
- 販売方法の工夫: 契約農家としてレストランと提携したり、サブスクリプションサービスを導入したりするなど、安定した収益源を確保します。
3. IT・クリエイティブ・専門サービス
現代のビジネスに不可欠なITスキルやクリエイティブな能力を活かした事業所も、高い工賃を達成しています。具体的には、ウェブサイトのメンテナンス、データ入力・整理、デジタルコンテンツ制作、デザイン補助などが挙げられます。
これらの仕事は、専門性が高く、かつ場所を選ばずにできるため、効率的な運営が可能です。IT化が進む現代において、こうしたスキルを身につけることは、将来の選択肢を広げる上でも非常に有効な手段となります。
- 成功の鍵:
- 専門スキルの習得支援: 単純なパソコン操作だけでなく、プログラミングやデザインソフトの使い方も学べる研修プログラムを設けている事業所は、利用者のスキルアップと高工賃を両立できます。
- 企業との連携強化: IT分野の人材不足に悩む企業と提携し、業務を請け負うことで、安定した仕事量を確保します。
- チームでのプロジェクト遂行: 一人では難しい大きなプロジェクトも、チームで協力して完成させることで、達成感とやりがい、そして高い工賃を得られます。
失敗しない事業所選びのヒント:工賃だけではない、本当に大切なこと
工賃は事業所の「経営力」を測る一つのバロメーターです。しかし、単に「家から近いから」「雰囲気が良さそうだから」という理由だけでなく、以下の点に着目して見学や体験をしてみてください。
- どのような商品やサービスを提供しているか?:
- そのビジネスは市場で通用するものか、需要があるかを考えてみましょう。
- 提供している商品やサービスに、利用者の方々が誇りを持てているか?
- どのような付加価値を生み出しているのか?
- 「誰」が「どこ」に売っているか?:
- 顧客層や販路が明確であるほど、安定した収益が見込めます。
- 販売イベントやオンラインショップなど、積極的に外部と接する機会があるか?
- 利用者の意見やアイデアが、商品開発やサービス改善に活かされているか?
- 新しいスキルを学べる環境か?:
- ただの単純作業だけでなく、将来に役立つスキル(IT、専門技術など)を身につけられる機会があるかを確認しましょう。
- 資格取得支援や外部研修への参加など、個々の成長をサポートする仕組みがあるか?
- 職員の方々が専門知識を持ち、利用者の方々を適切に指導できるか?
- 個々のニーズに合わせた支援体制:
- 体調や精神面への配慮、作業時間の調整など、個々の状況に合わせた柔軟な対応が可能か?
- 目標設定やキャリアパスについて、定期的に相談できる機会があるか?
- 人間関係のサポートや、トラブル時の対応がしっかりしているか?
就労継続支援B型事業所は、ただ働く場所ではありません。自分の人生を豊かにするためのステップであり、工賃はその努力が形になったものです。ぜひ今回の分析結果を参考に、あなたの可能性を最大限に引き出してくれる、最適な事業所を見つけてください。
- 出典: 福岡県における工賃(賃金)実績報告額について(2025年2月5日更新)データは令和5年度分を分析

