双極症という生き方:(6) 入院生活

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このブログ記事は、私自身の経験に基づいた個人的な見解です。

入院は失敗ではない

私自身の経験に基づいたお話になりますが、双極症と向き合ってきたこれまでの歩みを振り返ると、「入院」はとても大きな転機でした。多くの人がネガティブなイメージを持つかもしれませんが、私にとってそれは決して後ろ向きな出来事ではなく、むしろ回復のために必要不可欠なステップであり、私の人生を支える大切な時間でした。

当時の私は大学に通いながら学内で働く生活を送っており、周囲から見れば順調な毎日でした。しかしパートナーが双極症で躁状態となり、私の生活はかき乱され、結果、パートナーは強制入院というショッキングな形で入院しました。そのことで私自身の生活が激変し、心のバランスを崩してしまいました。その不在の中で一人きりの生活を支え、私自身の心の不調にも気づけないまま多忙な日々を過ごすうちに、心身が限界に近づいていきました。気づけば食事をまともにとることさえ難しくなり、体は栄養失調の状態に陥っていました。そんな私を見て、主治医の先生から「入院をしましょう」と提案されたとき、驚きと戸惑いはあったものの、同時に大きな安堵感が押し寄せてきたのを覚えています。ようやく「休んでいい」と許された気がしたのです。

入院生活で得たこと

3か月にわたった最初の入院生活の中で得た学びは、今振り返ってもかけがえのないものでした。

1. うつ状態に合う薬を見つけられたこと 外来の診察はどうしても短時間で終わってしまい、日常の細かな変化を正確に伝えるのは難しいのが現実です。しかし入院中は医師や看護師が毎日私の様子を観察し、気分や行動の小さな変化まで丁寧に記録してくれました。その積み重ねが精密な投薬調整につながり、時間をかけてようやく、その時私を苦しめていたうつ状態に合う薬の組み合わせを見つけることができました。

2. 生活リズムを取り戻せたこと それまでの私は昼夜が逆転し、食事や睡眠も不規則な状態が続いていました。入院生活は一見単調に思えるかもしれませんが、規則正しい時間に食事をとり、決まった時間に休む習慣が心と体を少しずつ整えてくれました。最初は戸惑いながらも、毎日のリズムに身を任せるうちに、頭の中の重苦しい霧が晴れていくのを感じました。

3. 人とのつながりの大切さ 入院先で出会った同じように病気と向き合う人々との交流は、孤独で押しつぶされそうだった私を大きく支えてくれました。自分だけではないという安心感や、言葉にならない気持ちを分かち合える時間は、心に深い癒しを与えてくれました。人間関係が病気の回復に与える影響を、身をもって実感した瞬間でもありました。

診断がもたらした安堵と向き合う覚悟

しかし、退院後の生活がすべて順調に進んだわけではありません。その後も私は数年の間に再発を繰り返し、入退院を経験しました。最初の二度は「うつ」として治療を受けましたが、三度目の入院でようやく「双極症」という診断が下されました。それまで自分ではただの気分の波だと思っていた好調な時期が、実は気分が高ぶった状態であったことに初めて気づいたのです。このときの診断は、私にとって大きな意味を持ちました。長年続いた漠然とした不調に明確な名前が与えられ、点と点だった経験が一本の線で結ばれたように感じられたのです。不思議なことに、その瞬間には恐怖よりも安堵の気持ちが強くありました。

診断が確定してからは、自分の状態をより客観的に理解するために「気分記録」を始めました。毎日の気分の変化や睡眠時間、出来事を記録することで、自分だけの波のパターンが少しずつ見えてきました。これは再発を未然に防ぐための大きな助けとなり、医師に自分の状態を正確に伝えるための大切なツールにもなりました。こうした小さな積み重ねが、治療の効果を高めてくれたのだと思います。

そして何よりも大切だったのは、病気とともに生きる「覚悟」を持てたことです。双極症という診断を受けたときから、私は自分の人生においてこの病気とどう向き合っていくのかを考えるようになりました。病気を否定せずに受け入れること、治療を続けること、そして双極症を抱えていても自分らしく生きていくこと。その決意は簡単なものではありませんが、この覚悟があったからこそ、以前よりも自分を大切にできるようになったと感じています。

最後に

入院は決して失敗の証ではありません。それはむしろ、自分を取り戻し、病気と共に歩む力を与えてくれる大切な時間でした。今、同じように病気と向き合い、入院を迷っている方がいるなら、ぜひ回復への第一歩として考えてほしいと思います。病気があるからこそ気づけること、学べることがあり、その経験はきっとあなたの人生を豊かにしてくれるはずです。

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